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■東北災害支援報告 4月3日

7:40 ホテル発 松島方面へ移動

三陸自動車道を松島方面に向けて出発。
まず、観光地松島を訪問しました。
津波の被害に遭われた店などは大変な状況でしたが、地元の方が頑張られたのでしょう、街は綺麗に片付いていました。しかし、観光客は誰一人としていません。こんな静かな松島は見たことがない、というくらい、静かです。
牡蠣の養殖でも有名ですが、漁場はおそらく壊滅的な被害を受けたのだと思います。
それを狙って、ものすごい量のウミネコが飛来していました。

10:30 うそでしょう!
壊滅的な被害を受けた東松島市を視察させていただきました。

建物が残っているだけに、生々しい被害の状況です。
津波が多くの民家と人々をのみ込み、ここまでの災害を引き起こすとは、目の前の現実が信じられないです。
「爆撃にあった街に似ている」と由井会長はおっしゃっていました。

何から、どこから手を付けたらよいかわからないような状況ですが、自衛隊の方々は、黙々と頑張ってくださっていました。

奥松島は仙台市内から車で約1時間の所です。
海沿いに車を走らせると風景はいっぺんし、街は壊滅しておりました。

2011年3月11日14時46分三陸沖を中心に東日本を襲った大震災。
奥松島観光案内所の建物の時計は、その時刻を指したまま止まっていました。
この時間の1秒前まで、ここには街があり、ごく普通の日常が広がっていました。

奥松島の壊滅した駅。
今はレールが曲がり、駅校舎は破壊されております。

野蒜築港付近です。

こちらは、完全に集落が流されています。
瓦礫すらもどこかに流されてしまっています。
何があったのか、どんな生活が営まれていたのかもわからないような、壊滅的な被害です。
ここにいると、もう感情も何もかも麻痺してしまい、涙も出ない、現実認識すら出来なくなってしまいます。
実際に被災された方々の気持ちを思うと、どう表現してよいのか、まったく言葉もありません。
私たちに何が出来るのか、何度も何度も問いかけます。

鎮魂を願い、土地の浄化を撒きました。

東松島を後にして、これから、盛岡を目指します。

13:00 「こんな時だからこそ皆で助け合いましょう」
JPHMAへ全国の会員、ホメオパシーを大切に思う人々から集まった、災害から復興のための義捐金として、岩手県知事あての100万円の目録がJPHMA由井会長より手渡されました。
日曜日にもかかわらずご対応いただきました。岩手でも大変感謝されました。

県庁前に、自衛隊の車両が多数止まっておりました。

これから、盛岡のみなさんが待つ会場へ向かいます。

県庁訪問後の由井会長と盛岡の皆様のふれあう会・講演会報告はこちら

18:00 東京へ出発
由井会長、ほかJPHMA会員、支援協力メンバーの皆様 福島、宮城、岩手の行程が無事終わりました。皆様と会い、共に、この苦難から学び、勇気をもって生きていくことを約束し合った3日間でした。 由井会長は数々の被災地の現場に立たれ、レメディーでの鎮魂を行い、心からの祈りを捧げました。そして、福島での放射性物質汚染の問題に関して真正面から取り組み、被災地の皆様への義援金のサポートを届けました。300名を越える方々とのふれあい、勇気と希望を持って生き抜くためのホメオパシーのセミナーが大きな愛とエネルギーとなって、今回訪れた場所だけでなく、東北の全ての被災地を包み込んだことでしょう。


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