2001年1月インド西部を大地震が襲い、 92万戸以上の家屋が全半壊し2万人以上の 犠牲者を出しました。

地震発生/2001年1月26日午前8時46分・震源地/インド西部グラジャート州
地震の規模/政府発表M7.9(関東大震災(死者14万人)と同規模)
地震が発生した1月26日 は、Republic Day 共和国記念日で、インドで最も重要な国家の祝日 共和国憲法発布を記念したお祭りでした。デリーの大通りラジパットでは、インド陸軍のパレードや、各州ごとに趣向を凝らした山車が出ます。ラクダのキャラバンや奇麗に飾りつけられた象のパレードなど、沿道に陣取るにも整理券が必要なほど世界各国から数十万の観光客が集まります。 また、デリーや全国の州都等で、民族舞踊の大会やパレードがあり、グジャラート州各地域でも、朝早くからパレードが行われている最中に地震が襲いました。中にはパレードに行く子供たちが通りを行進中に地震に遭遇し倒壊したビルの下敷きになったものもいました。

防災システム研究所

当時JPHMA会長だったとらこ先生のもとに、インドのホメオパシー団体からSOSの連絡が入りました。 大地震で家や家族を失い、大きなショックに打ちひしがれる被災者にはホメオパスが求められています。
日本から被災地にホメオパスを派遣してほしい。
地震のショック、恐怖や悲しみから被災者の心にトラウマが芽吹き、心や体蝕み人生を狂わすことがないように、 一刻も早くホメオパシーのアコナイトのレメディーが入ることが必要だ!

今すぐ日本からもアコナイトのレメディーを送ってほしい。
という内容だったそうです。

当時JPHMAは、カレッジオブホリスティックホメオパシー(CHhom)の前身ロイヤルアカデミーオブホメオパシ(RAH)の10数名の認定ホメオパスが誕生したばかりの段階でまだ、被災地へホメオパスを派遣できる余力もありませんでした。

また、ホメオパシーのレメディーの国産化も始まったばかりで日本からアコナイトのレメディーを被災地に送る余力もなかった為すぐにJPHMAの仲間にも募金を募って、アコナイトのレメディーを購入する代金をインドのホメオパシー協会へ送ったことが災害義捐活動の始まりです。

以来、海外では
パキスタン地震、
スマトラ津波大被害、
ネパール大地震、
ハイチ津波、

国内では
東日本大震災、熊本震災や台風被害など
地震で大きな被害がでるごとに義捐活動を行っています。

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