地震から1週間が経過しました。東北の海沿いは、いまだ行方不明者の捜索も困難な状況です。
しかし、被災しても「私には家がある。家族が居る」と、県民が自宅にある物を持ち寄り、急場を凌いで居ます。ようやく、他県からの物資も届き始めました。
富岡町の住民は、川内村に非難し、川内村の唯一の病院が診療にあたったため、医療材料も使い切ったそうです。
その川内村も避難指示が出て、郡山市へと非難を余儀なくされました。
避難所には、すぐに医師や看護師がボランティアで集まる訳でなく、不安や不調を訴え、病院に行こうとしますが、病院も軽傷者の受け入れは困難なのが今の状況です。
また、病院では、看護師が通勤用のガソリンを入れることも出来ず、病院に泊まりこんだり、乗り合わせたりしてなんとか通勤しています。
毎日のように余震は続き、感覚が麻痺してしまった人、恐怖や不安にかられる人、もう私たちは体感で震度がどれくらいかわかります。
今朝の通勤のバスの中で、産科に通院する妊婦さんを見かけました。
もう産み月のようで、歩く様子もどこか疲れてみえました。このような中ですが、着実に育つ命の輝きを感じました。
内陸部は、食料もなんとか流通し始めたので、買えるようになってきました。ただ、屋内退避の指示がいつ出るかもわからない状況に、自宅に備蓄もしています。
県内でも、海沿いに行くに従い状況が悪化してきます。
電気が回復しておらず、情報もなく、不安な気持ちで生活している人も、未だに多いと聞きました。
特に半径30キロの境目の方は、本当にここに居てよいのか?と考えるようです。
しかし、ガソリンも無いため動くことが出来ません。この地域は、人も物も一番必要なんです。
生活している人が居るんです。物資が無いため、南相馬市は非難を余儀なくされました。
私が知る県内の様子をお伝えし、皆さんの考える参考にしてもらいたいと思いました。
由井先生、度々のあたたかいメール、そして、救援物資、レメディーをわざわざ届けてくださったことに、心から心から、感謝しています。
このレメディーを待ち望んでいた方が本当にたくさんいました。
みんな、感謝の気持ちでいっぱいです。
由井先生からのメールも、悲しみと不安に落ち込んでいた方々と共有させていただきました。
先生からのエールに、みんなたくさんの勇気をもらい、生きる力がわいてきました。
友人は、未だ電気もガスも水道も出ない暗闇の中で、先生のメールを泣きながら読んでいたそうです。みんな同じです。
あたたかい支援や、エールをいただくたびに、本当にありがたく、胸が熱くなってきます。
福島第二原子力発電所は、私が中学時代を過ごした町にあります。
津波に襲われて、駅さえも流されてしまいました。
お互いに自分のこと以上に相手を案じ、命があったことを確認するたびに涙がこみ上げてきました。
今、その町は原発から近いため、町民全員が避難しています。
避難所では25歳以下のとくに女性に抗がん剤を飲まされたそうです。
避難所はごった返しで、逃げるためのガソリンもない状態です。
私の家にも、原発地区の方々が避難して来ました。
今は、みんな放射能の恐怖に怯えています。
福島市は盆地だからか、放射能がなかなか出ていかず、たまり場のように測定値が高い状態が続いています。
小学校は、児童の安全確保のために、卒業式も終業式も中止になりました。
友人たちも続々と他県へ避難しています。
「また会える日を楽しみにしてる」と、友人たちとの別れも、悲しくて涙ばかりがこぼれます。
先生からいただいた、水に対する対処方法で、みんな安堵していました。
本当にとてもありがたい情報です。
みんな玄米を炊き、豆を水に浸し、先生からのアドバイスを頼りに生きています。
支援でいただいたレメディーは、たくさんの方々に配ることが出来ました。
今までホメオパシーを知らなかった方々も、これで少しでも解毒できるならと、レメディーを握り締めて感謝していました。
ホメオパシーがあって、本当に良かったと、みんな心から感謝しています。
先日、JPHMAのボランティアとお電話でお話をさせていただいた時、とうとう言葉ではなく涙がとまらなくなりました。
なんとかしなくちゃ、子供を守らなければ、どうすれば良いの?いろんな気持ちで心も体も緊張して固まっていたのが、声を聞いた瞬間に安心して、すべてが開放され、緩み、感情が溢れてきました。
私は、こんなにも悲しかったんだと、初めて気づきました。
毎日の平和で、平凡で、当たり前の生活が、こんなにも幸せなことだったのかと、地震前の日常の生活を思うたびに悲しくなります。
何気ない会話で笑い、泣き、食卓を囲み、学校に通い、友人に会い……
普通の生活って、こんなにもありがたいことだったのですね。
2月10日に、帝王切開で娘が生まれました。
以前に先生からキョウチクトウの話を講義の中で聴きました。
これから先何十年も何も育たないと言われていた広島の土地に、一番最初に芽を出したのがキョウチクトウだと。
その話が心に響き、どんな困難な状況に打ちのめされても、そこに新たな芽を出して生きていく力のすごさを感じ、この子にもそのような人生を生きて欲しいと願い「芽生」(芽を出して生きる)と、名付けました。
地震以来、寒さとストレスからか嘔吐下痢を繰り返し、断水でお風呂にも入れなかったため、お尻は火傷したように真っ赤に剥けてしまいました。
でも、こんな状況でも必死に「生きるために」生きる娘の姿は、私たちの希望です。
いろんな気持ちが交錯して、内容もめちゃくちゃですみません。。
今、心に思うことを書かせていただきました。
また、随時情報などをメールさせていただきたいと思います。
最後に、今回の地震、原発問題に対する大きな大きなご支援には、本当に感謝し尽くせません。
ホメオパシーの恩恵がたくさんの方々に行き渡ることを願って、
私に出来る限りのことを精一杯やっていきたいと思います。
心から、感謝をこめて、ありがとうございました。
放射線レメディーの情報を聞き、お電話をいただく会員たちの声は明るく希望に満ちています
でも 1日に何回も不安に襲われてしまうというと みんな口々にお話しされます
愛に溢れればきっと原発も落ち着くと思いながらもなかなか強く思えず……
子どもたちの事を考えると多くの涙が流れます
このあたりの子どもたちもぜんぜん外にでていません
卒業式も中止になってしまいました
どうしてこんなことになってしまったのかここに留まるべきなのかレメディを摂り
また、自分自身を取り戻して毎日がたんたんといつもと同じ24時間が過ぎていきます
ホメオパシーの仲間と励ましあいながら
少しずつでも色々な解決策が見つかればと願っています
JPHMA様の心使い本当に嬉しく思います
また 状況をメールします

